チャンカワイの実家も経営「コロちゃんのコロッケ屋!」今どうなった?700店舗を誇った平成のコロッケ帝国、自己破産の真相とは?

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チャンカワイの実家も経営!「コロちゃんのコロッケ屋!」知られざる興亡の歴史

2026年4月29日放送のTBS「巷のウワサ大検証!それって実際どうなの会」に出演したお笑いコンビ「Wエンジン」のチャンカワイさん(45)が、番組内でさらりと告白しました。「うちの実家、コロッケ屋やったんですよ」と。スタジオにいた俳優・生瀬勝久さんらが「えぇぇー!」と仰天したのも無理はありません。

チャンカワイさんによると、「コロちゃんコロッケ」というフランチャイズチェーンで、自分が上京した後に両親が始めたため、なかなか話すキッカケがなかったとのこと。「知ってる人は知ってるかな」と照れながら話したこのチェーン、実はかつて日本全国に700店舗以上を展開し、海外にまで進出した、知る人ぞ知る”平成のコロッケ帝国”だったのです。

では、その「コロちゃんのコロッケ屋!」とは一体どんなチェーン店だったのか。そして今はどうなっているのか、詳しく振り返ってみましょう。

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1個50円の揚げたてコロッケ──デフレ時代の寵児

出典:スポニチアネックス

「コロちゃんのコロッケ屋!」は、1996年9月に岐阜県恵那市で産声を上げました。当初は地元建設会社「東海総合企画」のフランチャイズによるアンテナショップとしてスタートし、2000年5月にコロちゃん株式会社として独立。社長は小竹守氏が務めました。

ビジネスモデルはシンプルの極みでした。スーパーマーケットや100円ショップの店頭、あるいは駅前や繁華街の一角に小さなプレハブ小屋を構え、店内にはフライヤーとホットショーケース、冷凍庫を置くだけ。本部が各店舗に冷凍コロッケや植物油を供給し、店員がその場で揚げて販売するという仕組みです。レジもパソコンも置かず、売上計算から在庫の受発注まで携帯電話一台でこなすという、当時としては斬新なローコスト運営でした。

看板商品は「1個50円の揚げたてコロッケ」。デフレが進む時代の空気にぴったりとはまり、「これは儲かるビジネスだ」と注目を集めました。フランチャイズの加盟料や初期投資が低く抑えられていたことも手伝って、加盟希望者が続々と集まり、2000年代初頭にかけて爆発的に店舗数を伸ばしていきます。

マスコットキャラクターは、コック帽をかぶった「コロちゃん」。笑顔でコロッケにかぶりつく愛嬌あるイラストが描かれたオレンジ色の看板は、当時の街角のあちこちで見かけた記憶がある方も多いのではないでしょうか。

全国700店舗、さらには海外へ──怒涛の拡大期

2000年頃から始まったフランチャイズ展開は、ドミナント戦略(特定エリアへの集中出店)を軸に急加速します。スーパーや商店街など、生活動線上に次々と出店し、ピーク時には直営店とフランチャイズ店を合わせて日本全国で約700店舗を数えるまでになりました。

さらに驚くのは、海外進出にも積極的だったことです。2002年にはケニアに出店し、その後シンガポール、イギリスにも店舗を構えます。また、ブラジル、アルゼンチン、アメリカ合衆国への展開計画まで公表していました。「揚げたてコロッケ」を世界に広めようという、野心的なビジョンを掲げていたのです。

2003年3月期の売上高は約37億5000万円。まさに絶頂期を迎えていました。当時の30代以上の方なら、「放課後に学校帰りに買った」「買い物ついでに立ち寄った」という思い出をお持ちの方も少なくないはずです。

陰り始めた業績──薄利多売の限界とコンビニとの戦い

しかし、急成長の裏側には、構造的な問題が潜んでいました。

そもそも1個50円〜200円という低価格帯のコロッケを主力にした薄利多売のビジネスモデルは、商品単価と利益率が非常に低いものでした。本部から冷凍食材を仕入れて揚げて売る仕組みでは、フランチャイズ加盟店の手元に残る利益はごくわずか。経営が成り立たないケースが多く、短期間で閉店・脱退する店舗が目立つようになっていきました。

さらに追い打ちをかけたのが、コンビニエンスストアの台頭です。2000年代に入り、セブン-イレブンやローソン、ファミリーマートなどのコンビニ各社は、レジ横のホットスナックコーナーや惣菜の充実に力を入れ始めます。唐揚げや肉まん、ファストフード感覚の揚げ物類が手軽に買えるようになった結果、「コロッケ専門店」の存在意義は相対的に薄れていきました。個人消費の低迷という時代背景も重なり、売上は右肩下がりの一途をたどります。

2006年には、コロッケを売り物にするアイデアを最初に思いついたとされる社長の実弟・副社長が辞任。東京営業所(新宿区四谷)も閉鎖され、埼玉営業所に統合されました。

経営の立て直しを目指して、西池袋に「COROCHAN-CAFE(コロちゃんカフェ)」を出店したり、「コロちゃんバーガー」や「ポケットパン店」といった新業態を試みたりもしました。しかし、本業であるコロッケ部門の低迷を補うには至らず、2007年3月期の売上高は約27億円まで落ち込みました。ピーク時と比べると10億円もの減収です。直営店は約50店舗、フランチャイズ店は約200店舗程度まで減少していました。

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突然の自己破産──テレビ特集の直後に

皮肉なことに、2007年に入ってからも「コロちゃんのコロッケ屋!」はメディアに取り上げられていました。TBS系の人気番組『がっちりマンデー!!』でも特集が組まれたほどです。チャンカワイさんのご両親も、まさにそんな時期にフランチャイズ加盟店を営んでいたのかもしれません。店舗は愛知県にあったと言われていますね。

しかし2007年8月13日、コロちゃん株式会社は約25億円の負債を抱え、名古屋地方裁判所に自己破産を申請。翌14日に帝国データバンクがその事実を明らかにし、広く報道されました。テレビで紹介されていた矢先の突然の経営破綻に、関係者は困惑を隠せなかったといいます。

本部が破産したことにより、各フランチャイズ加盟店は”取り残された”格好になりました。本部からの食材供給が止まれば、店舗運営はできません。多くの店舗がそのまま閉店に追い込まれることになりました。

それでも残り続ける店舗──「コロちゃん」最後の灯火

ただ、すべての店舗が消えたわけではありません。

Wikipediaによれば、2021年現在でも、日本全国各地にフランチャイズ加盟していた一部の店舗が、「コロちゃんのコロッケ屋!」の屋号を変えずに営業を続けている例が複数見られます。本部の破産後、独自のルートで食材を仕入れ、あの味を守り続けてきた店主たちがいるのです。

生き残りの店舗も

2025年6月には、東京・八王子に残る”最後の灯火”が地域メディアに取り上げられました。フランチャイズ時代から約24年間、店を切り盛りしてきた78歳の店主が、今もじゃがいもの優しい甘みと塩加減が絶妙な揚げたてコロッケを提供し続けているといいます。遠方からわざわざ懐かしさを求めて訪れるお客さんもいるそうで、「コロちゃんコロッケ」がどれだけ人々の記憶に刻まれているかを物語っています。

平成という時代が生んだ、コロッケの夢

チャンカワイさんの告白をきっかけに、多くの人が「そういえばあったな!」と懐かしんだ「コロちゃんのコロッケ屋!」。

1996年の創業から、フランチャイズの低コスト展開でデフレ時代を駆け抜け、最大700店舗・海外3カ国にまで版図を広げた。そして2007年、約25億円の負債を抱えて自己破産。薄利多売の限界、コンビニとの競争、個人消費の低迷という複合的な要因が重なり、平成の「コロッケ帝国」はあっけない幕切れを迎えました。

しかし今もなお、看板を下ろさずに営業を続ける店舗がある。それは単なるノスタルジーではなく、揚げたてコロッケ1個に込められた、店主と客との間の小さくも確かなつながりの証ではないでしょうか。

チャンカワイさんのご両親も、そんな時代の中でコロッケを揚げ続けたひとりだったわけです。息子が上京してスターになっていく間、地元でコロッケを揚げていた両親の姿——なんだかとても温かく、そして少し切ない話だと思いませんか。

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